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リズと青い鳥 part 2/4 鎧塚みぞれの寡黙なる激情

映画『リズと青い鳥』についての文章(感想・考察)のpart2です。みぞれの内面についての内容です。

part1 ↓

touseiryu.hatenablog.com

 

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みぞれの内面について

 高坂後輩[1]が「先輩、希美先輩と相性悪いですよね」とみぞれに言い放つシーン。みぞれの返答は「そんなことない。私なら青い鳥を一生閉じ込めておく」だった。この時点で自分がリズの役だと意識しているみぞれは、選べるなら青い鳥=希美を手放すことは絶対にしないと言い切ったのである。寡黙なみぞれにしては非常に強い意志が表れた言葉だといえる。

 こうした言葉に表れたみぞれの心情をどう解釈すべきだろう。以下は山田尚子監督のインタビュー[2]からの抜粋である。「(中略)希美が好きで希美しか見ていないみぞれにとって、希美の一言がどれだけいつも「最終回」なのかが伝わればと思います。みぞれは「次がない」と思って毎日生きているので…。」つまり、みぞれは常に希美との関係が終わることを予感し恐怖しながら日々を過ごしているのである。希美との関係にしがみつこうと常に必死になっている。故に、できることなら希美を籠のなかに閉じ込めてその関係を永遠のものにしたい、というのはみぞれにとって切実な願いなのである。

 しかし、当然のことながらここに希美自身がそれをどう思うか、という視点は欠落している。必死であるがゆえにみぞれには希美がどう思っているかを考える余裕がない。みぞれのこの台詞は直接希美に対してのものではないが、しかし「友人」と考えている相手から常にそんな態度でいられたら、普通はどう思うだろうか。一言でいうとみぞれの愛は重すぎる。場合によっては傍迷惑に思われても仕方がない。そして逆に言えば、希美がどうあろうともみぞれの愛情は一切揺らぐことはないということでもある。何の見返りも望まない手放しの承認。なんと絶対的で盲目的で、アンバランスな感情だろう。

 

不器用さと強さ

 これほどまでのみぞれの希美に対する切実さというのは、果たしてどこからくるのだろう。ひとつには、彼女は自己肯定感が低いのではないか、という仮説を立てることができる。みぞれの人付き合いの貧しさをみれば、彼女が他人を介して自分自身を見つめ、肯定するための機会が限られていることは明らかだ。そのために自分を価値あるものだと認識できず、希美にひたすら依存しようとしてしまう。そう考えることもできるかもしれない。

 しかし、「一生閉じ込めておく」という言葉に表れた力強さというのは、そういうものとは全く別のものに思える。自分を矮小なものだとしか思えない人間が、自分の願いのために他人を縛りつけることができるだろうか。恐らくできないし、しようとも考えないはずである。本稿でもはじめの方で「与えるもの―受け取るもの」という関係で二人を捉えようとしたが、必ずしもこれは弱々しい服従や依存ではない。むしろ、積極性をもって自分の願いを押し通そうとする芯の強さを持つ人物、それがこの台詞から読み取れる鎧塚みぞれというキャラクターなのではないか。

 実際に画面に映るみぞれの姿は「積極性」からはかけ離れているように見える。だが、それは彼女が会話や身体表現を通して自分を表現することが極めて不得手なためではないだろうか。彼女は胸中に様々な激情を渦巻かせながらも、自分からは何も語ることのできないまま希美の後ろをついて歩くしかない。みぞれのオーボエ奏者としての才能もこの辺りに由来を探すことができるのかもしれない。希美に出会った後の彼女にとってオーボエこそがうまく言葉にできない感情を代わりに表現する方法であり、唯一の自己表現のための手段となったのだとしたら。彼女は一意専心に音楽に取り組むだろうし、自分を音楽の道へと導いてくれた希美により一層感謝するに違いない[3]

 また、自己肯定感という観点を再び取り上げると、みぞれのそれは決して低くはないことが窺える。ラストシーンの理科室で弱気になった希美を励まそうとして使ったロジックは「私が好き→あなたは素晴らしい」だった。担任に進路のことで注意されたり剣崎後輩の誘いを断ったりした時にも、他人に対して気後れしてもよさそうなものだが、怯えや戸惑いの表情はなく無表情なだけだった[4]。山田監督の言うように「希美が好きで希美しか見ていない」ために、本当に希美以外の他人に興味がないのだろう。自己肯定感の供給源を最初から他人には求めていないのである。他者に認められることをそもそも期待していないから、他者に失望することも影響されることもない。

 決して他人に流されることなく、不器用ではあるが真っ直ぐに自分の大切なものを追い求めようとする。総括するとみぞれのキャラクターをそのようにまとめることができる。では、そんなみぞれの姿は希美の眼にはどのように映っていたのだろうか。

 

part3では傘木希美さんの内面について掘り下げます。

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[1] 高坂麗奈。トランペットのエースで妥協しない女。筆者としてはこれが本作中で一番好きなセリフ。

[2] 劇場パンフレットp.6

[3] 中学時代のみぞれの吹奏楽との出会いについてはほとんど作中で描写されていないので根拠のない推察ではある。

[4]みぞれはポーカーフェイスではないということは映画を観ればわかる。