脱成長の電脳1

長文を放流する電脳の墓場 アニメの感想とか 

改めて浅倉透WINGには何が書いてあったのか 感想・読解・考察

 実装から1年余りが経ったシャニマスの浅倉透WINGシナリオについて筆者なりの読解や感想を文章にまとめておきたいと思います。基本的に透のコミュは、透の独特な言い回しや多義的で非言語的な表現が多く、難解な部類に入ると思います。なので後付けの印象で雑にまとめることのないよう、できる限り「全部」、丁寧にどんな表現があったのかを逐一拾いながら解釈を試みています。そうしたらかなりの文章量になってしまいましたが……なお朝コミュとオーディション前後のコミュにはほとんど触れられていません。必ずしもこの読みが正解であるとは思っていないので、ご指摘・ご感想などあればぜひコメント等いただけると幸いです。

 

 

オープニング「あれって思った」

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  WINGプロデュース開始時のコミュにおいて、バスに乗り遅れたプロデューサー(以下P)の前に飄々と現れる美少女こそ今回の主人公こと浅倉透である。待っていてもバスは当面来ないので歩いた方がいいと彼女はPに告げたうえで、自分では悠々とバスを待つ構えを見せる。Pも透も何のためにバスに乗ろうとしていたのかは明示されないが、急いでバスの時間に間に合わせようとしたPに対してバスを乗り過ごしたことを悔いる様子もない透という対比が描かれている。偶々Pが「時間通りに進む」バスに乗り遅れなければ出会うことのなかった、つまり「成長」「合理性」「社会のルール」のような概念に背くキャラクターとして象徴的に描かれた登場シーンだったといえる。

 

 「(綺麗な子だな…)」と透のルックスに惹かれてスカウトするP。透はにべもなくそれを断り立ち去ろうとする。この場面で、透はその前の「部活とかやってないの?」というPの質問が気に入らなかったのだろうと推察できるが、高校生ならばみんな部活をしていて当然だというステレオタイプに対する反感や、部活など何かに打ち込み「何者かになる」ことへの諦念が背景にありそうだということが後々分かってくる。いずれにせよPから「アイドル」という言葉を聞いて驚きはすれど大して心を動かされなかった様子から察するに、透のアイドルに対する憧れの気持ちは少なくとも強くはないし、自分のルックスを評価されることを嬉しがってもいないことが窺える。

 

 「しつこいよ」とPを拒絶した透の心を動かしたのは「俺が、いくからさ!」というPの苦し紛れの一言である。突如挟まれるセピア色のバス停とジャングルジムのカットインはその言葉が透の過去とリンクするものだったことを暗示している。そのあと、今度は逆に透がPを追いかける構図になるのは過去のリプレイだが、一方彼女が掴んだのがセロハンテープだったのはややドライな思考の持ち主として成長した透とPの新しい関係の始まりを予感させるもので面白い。

 

 その場では一度名刺だけ受け取って保留にしておき、後日事務所に現れて契約を行う透。バス停では「他人」として振舞った透が、事務所に現れた時には一転して笑顔を見せるなどかなり態度が軟化して打ち解けているように見える。一度縁ができた相手には急に距離を詰めてくるのは彼女らしいといえばらしい。

 

 このOPコミュに限ったことではないが、透のコミュは全体的に背景や空を映すカットインで過去や時間経過を表す演出が多用されていて、他のアイドルのものと比較してもかなり異質な雰囲気があると思う。間の取り方が独特でテンポが緩やかに感じるが、「時間通りに進むバスに乗り遅れることで出会う少女」である透のペースにゆっくりと引き込まれてくようだ。生き馬の目を抜くアイドル世界の競争主義的な厳しさが強調されるシャニマスにおいて、どこかノスタルジックな甘い香りが漂うのが透のコミュの特徴であるといえる。

 

 

シーズン1「人生」

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  冒頭で透は「ジャングルジムの夢」を見る。「—―小さい頃から たまに見る のぼってものぼってもてっぺんに着かない へんなジャングルジムの夢 のぼる前は たいした大きさに見えなかったけど ひとつ足をかけると もう上が見えない それでこう思う ああ、長いなぁ……—―」

 

 透は夢の中で、ジャングルジムの外側というよりは内側に入って頂上を見上げている。内側から見ると、ジャングルジムは自分を取り巻くある種の檻のように見立てることができる。檻から抜け出すべくよじ登ろうとするも、挑むたびにゴールは遠のき、あまりの道のりの長さに足がすくむ。いつしかそれが退屈で意味のない徒労であると気づいたとしても檻を登り続けるのをやめることは許されない。あたかもそのさまはタイトルにある「人生」であるかのようである。「ジャングルジムの夢」はこうした透の人生観を現したものだと解釈できる。そして恐らく透にとって、この夢は決して心地よいものではないのだろう。夢から覚めた透の「……そっか。今日からあれか」という呟きからは、その日の予定に対して彼女があまり良いイメージを持っておらず、そのために「ジャングルジムの夢」を見たのだと考えていることが窺える。

 

 果たしてその日の仕事は撮影現場の見学を兼ねた業界関係者への顔の売り込みであった。いかにも透が嫌がりそうな仕事ではある。ところが、Pの心配をよそに透は持ち前のオーラだけで初対面のはずの業界人たちから圧倒的好印象を得てしまう。その後の選択肢でそれほど大きく展開は変わらないが、最後に透が笑顔を見せることと「人生って、長いなー」という内容を呟く点が共通している。選択肢「え——」では番組ディレクターに挨拶に行く展開になる。ディレクターからオーラがあると言われて複雑そうな反応をする透だったが、相手を不快にさせない程度の受け応えは心がけていることがわかる。

 

 選択肢「そ、そうか……いい挨拶できてるぞ」は最もはっきりと透の思考が表れたルートに思える。「けっこうやれるもんなんだね」と自信をつけた様子の透を「そんな甘いもんじゃないよ」とPが宥める。対する透の返しは「じゃないと——人生、長すぎるよね」だった。つまり、透は今回の挨拶回りでの成功を必ずしもポジティブには捉えておらず、むしろ「ジャングルジムの夢」の延長上にある退屈で虚しい人生と同一視しているのである。そしてこの先もこうしたことが繰り返されるのではないかという暗い予感を、一通りPの言葉を信じてみることで追いやろうとしている、そんな心情を読み取れる。

 

 「いあいや、そんな……」を選ぶとホーム画面でのセリフにも選ばれている「アイドルってもっと特別な感じかと思ってたけど、学校と変わんないね」が聞ける。何が「学校と変わらない」のかは文脈的に解釈の分かれるところだろう。①挨拶が重視される点②自前のルックスだけで何とかなってしまう点③「ジャングルジムの夢」のような退屈な人生の延長である点 が思いつくが、恐らく①②③すべてを総合した実感なのだろう。明るい口調とは裏腹に重い意味が込められた一言である。ちなみに②が正しいとすると学校でもモテて仕方がないということになるが、例えば市川雛菜の懐き方を見ると納得できる気がする。

 

 明らかに透は今回の仕事内容に関して事前の段階でもいいイメージを持っていないし、仕事が上手くいってからもその成功を心から喜んではいない。むしろ、自分が積極的でなかったにも関わらず想定以上の評価を受けてしまうことが不服であるかのようにさえ見える。そもそもオープニングコミュでも見た通り、透がアイドル活動そのものに対して自分なりの意義や憧れを持っているとは考えにくい。それにも関わらず、なぜ彼女は最後に笑顔を見せるのだろうかという疑問が生じる。

 

 恐らく、透なりに素直に嬉しかったのだと思う。全く未知の世界に飛び込む不安のなか、自分のスタンスを特に曲げることもなく受け入れられ成果を挙げられたことに安心したのだ。つまり、透は何かそこに独自のポジティブな意味合いを見出していることになる。消去法的に考えるとそれが過去に何らかのかかわりを持つPの存在と無関係ではないことまでは推測できる。透の中では顔だけで上手くいってしまうアイドル活動を退屈な人生と結び付けて厭う気持ちと、それでも成功したことには安堵する気持ちというやや相反する二つの軸が存在しているように見える。

 

 なぜそれでも透はアイドルを目指すのか。そのカギを握るであろうPは今回透にアイドル世界の厳しさを教える監督者ないし大人という立場で振舞うわけだが、特に噛み合わない会話を続けている印象が強い。この関係が今後のコミュの軸になっていく。

 

 シーズン1終了後コミュではクリアしても敗退してもリアクションが薄く、少なくともこの時点ではアイドルとしての成功(WING)に対してほぼ無関心である様子が見て取れる。むしろ透の関心はPとの関係そのものに向いている。

 

 

シーズン2「あれって思った」

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  オーディションを受ける透とP。しかしキャッチフレーズという想定外の課題にうまく応えることができないままオーディションは終了する。ここで苦し紛れに「参上」が出てくるワードセンスはかなり好き。透は自分のオーディションが不首尾に終わったことを認識していない様子を見せる。これが初めての失敗らしい失敗になったような描写があるので、分かっていながらあえてとぼけているとも考えにくい。本当にオーディションで何を求められていたか理解していないのだろう。何でもそつなくこなす優等生かと思いきや意外にも透の抜けた一面が垣間見えるのが今回のコミュだと言える(今や意外性は全くないが…)

 

 Pは公園のジャングルジムに見知らぬ男の子と登ったことがあると思い出話をする。それを聞いて動揺する透。後のストーリーで明かされる内容だが、透も昔同じジャングルジムに見知らぬ誰かと登った記憶があり、その時の人物がPなのではないかと疑っている。恐らくそれが、透がPのスカウトを受け入れたきっかけでもあったのだが、この時点ではまだ透には確信が持てていない。一方Pの側では当時出会ったのは「男の子」だと認識しているため、仮に透とPが昔出会っていることが真実だったとしても、透からアプローチしなければPが自分でそれに気づく可能性はほぼない状況だとわかる。しかし、この場面で透は軽くごまかして話を流す道を選ぶ。このような直接的な言葉で本質を明確にしようとしない透の姿勢こそが彼女らしさでもあり、この後のPとの関係に決定的に影響してゆくのである。

 

 オーディションの結果は不合格だった。「オーラは抜群なんだけどなぁ、それだけじゃ……」とPは悩む。透をアイドルとしてさらに上に導くためには何らかの改善が必要であるとPは考えている。選択肢は結果をどのような形で透に伝えるかで分岐する。

 

 選択肢「ダメだった」はあえてストレートに結果を伝えて透の反省を引き出そうとする択だ。「ちゃんと自分を伝えてないから」、それがPの分析する敗因だった。Pからすると、透が何のためにアイドルをするのかが判然としないし、本気で取り組んでいるのかすら疑わしく見えているだろう。ちゃんと自分を伝えて、というのはオーディションへのアドバイスとしてだけでなく、P自身の切なる願いでもあったはずだ。一方の透はそのアドバイスの内容はちゃんと覚えていたことから、Pに対してはある程度真摯さをもって接していることがわかる。ただしそれが自分の問題であると認識できていない状況なのだろう。Pにも透の真摯さが朧げながらも伝わっているからこそ、自分を伝えろと透に迫ることに後ろめたさを感じ、「もし、こんな先の見えにくい世界に、透を無理に誘ってしまったんだったら——」のセリフにつながる。しかし透ははっきりこれを否定する。「私、こうやって会えたこと 嬉しいから」はホームボイスにも選ばれているセリフだが、透がスカウトを受諾したのはPとの「再会」が叶ったという要因が大きいことが明確になっている。彼女は去り際にも笑顔を見せるが、このタイミングで「ちょっとショックに浸ってくる」といって出ていくことからはオーディションの結果よりもPに自分の思いが伝わっていないことへの失望が大きかったことも想像できる。

 

 選択肢「ごめんな」は最も消極的で現状のモチベーションを下げないように気を遣った択である。透の「なんか、思ってたよりショックかも」に関しては「ダメだった」のルートで浅い反応だったことと照らし合わせると、やはりオーディションの不合格そのものよりもPに失敗した責任を感じさせてしまったことへの落胆の方が大きかったことが読み取れる。Pは力になりたいと断ったうえで、透自身のことをもっと言葉にしてほしいと詰め寄る。しかし透には伝わりにくい言葉を選んでいるという自覚がない。むしろ、「でも……それ、本心だし」と虚偽のないありのままの本心を伝えることについて、こだわりを持っているかのような返答を見せる。逆に透は「私も知りたいんだ、プロデューサーのこと」とPに迫ろうとするも、過去のことを知りたい透とアイドルに対する態度を問うているPとでは決定的なすれ違いがある。平行線のまま会話は終わる。

 

 選択肢「よくやった」は不合格という結果をポジティブな意味に変換しようとするやや苦しい択である。だが透にもPの気遣いは伝わったようで、最も穏便な形に終わっているルートだといえるだろう。ここでもPは透に自分の心の内を言葉で表現することを求める。自分でも透のことがよく分からない、表現することがパフォーマンスにつながると説明すると彼女の表情は曇ってしまう。これに対して透は「でも……不思議だな」「プロデューサーのこと、私は前から知っていたような気がするから」と自分の関心事、つまりPとの過去について仄めかすわけだが、全く互いの向いている方向がバラバラで噛み合わない会話になっている。何が「不思議」なのかといえば透自身がPと過去に会っていたかもしれない感覚を抱いていることでもあろうが、「前から知っていた」にも関わらずPと心が通じ合っていないことに不満を述べているのかもしれない。

 

 このコミュでは透とPとのディスコミュニケーションが強調されている。オーディションの失敗で透一人のルックスで押すだけでは成功できないことがはっきりした。故に力を合わせなければならないのだが、アイドルとしての成功という未来を志向するPに対して、過去へと眼差しを向け続ける透。透の言葉はアイドルと世界の文脈に馴染めない気持ちとPとの過去への興味の間で揺れ動いているがゆえに曖昧である。同様に、Pの言葉も仕事上の立場からの助言と透の実像を掴みたい思いが交錯したものになっていて二面性がある。 プロデューサーという立場上、アイドルのことを理解していなければ仕事にならないが、明らかに透はアイドルを強く望んでいるわけではなく、少なくともプロデューサーという役割からみればほとんど理解の埒外にある存在だといっていい。「どうプロデュースすればよいか」と正面切って本人に聞く択もあるかもしれないが、それをするとプロデューサーとしての能力を疑われてさらなる不信を買う可能性がある。

 

 シーズン2終了時コミュではかの有名な「ドキドキプロバイダ、浅倉透 無限のトキメキ、定額制でお届けします」が聞ける。キャッチフレーズに対する態度も半分冗談のつもりのようで、勝ち負けそのものにはやはりこだわりはないようだが、敗北時では素直に自分の責任を認めたうえで、Pの求めていた「説明」に意欲を見せている。既存の「アイドルらしさ」にはさほど興味がなく、しかしPとの関係自体に対しては真摯な様子が改めて見てとれる。

 

 

シーズン3「っていうか、思い込んでた」

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 再び「ジャングルジムの夢」から始まる。前回と異なるのは、一緒に上ってくれている誰かの存在に気付くという内容が追加されている点だ。徒労でしかない登攀=人生の苦しみを分かち合える「誰か」が何者を指すかといえば、やはりPだと考えるのが自然だろう。ただし、「誰か」の話はもともと「ジャングルジムの夢」に含まれていた内容だったのか、それともPとの出会いの後で書き加えられたものなのかはここでは判然としない。そして、夢の中の「誰か」とは一切言葉を交わさないというのもポイントだろう。

 

 Pは透に日誌をつけることを要求する。「ちゃんと透のことをわかりたい」透の負担を増やすのは本意ではないはずだが、それでも相互理解へのチャンネルを増やした方がいいという決断だ。「プロデュースの方針を決めることもできない」「プロデューサーとして無能なのではないか」と透から疑われないためのギリギリの妥協案だともいえる。一方透の反応は「え、そんなのわざわざ……?」と不満げなものだった。やはり透目線では十分に分かり合えているという認識であり、Pの意図を理解していないことが明確になる。

 

 透がどんな文章を書くのかが明らかになる交換日記パート。素っ気ない文体の透に対してPの返しは食い気味でオッサンくさい印象がある。両者の熱量にかなり差があるように見えるが、よく見るとサボりだす前までの透のコメントにはPが直前の返事のなかで気にしていた内容が含まれていることがわかる。つまり「わかりたい」というPに透がある程度応えようとしていたことは確かだ。しかし、もともと日誌の意義に懐疑的だった透はサボり始め、ついには「旅に出ます」とだけ書き残して消息を絶つ。

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 「透は……何を考えて……どんな気持ちでいて……―― 自分のこと、ちゃんと伝えてくれって言ったのに……」透を探すPは、やはり失踪の原因がアイドル活動に関する何らかの不満であると考えているようだ。ついにPは公園で透を見つける。透の身を心配する立場から語気を荒げるPに対して「……どうしたの?」ととぼけた様子の透。その後の「ていうか、そんなの誰も気にしないでしょ」の表現に着目したい。このシーンで透が微笑むのはこのセリフのみであり、言い方も極端に軽薄なディレクションがなされているように思える。この場面について、「Pに迷惑をかけるだろうことを透が本当に想像できず自分勝手に突発的な行動を起こした、ゆえに透は人の心情を読み取ることが苦手だ」とそのように解釈することも一見可能だろう。しかし筆者はこれはミスリードだと考えている。もし透が致命的に鈍感であることを描くつもりなのであれば、直前に「それは……なんでも書けって言うから」と珍しく言い訳をしたり、すぐに「――……ごめん……」と謝ったりするのは不自然だし、もとより不満を持っていた日誌のやり取りの中でPに譲歩を見せている理由が説明できない。そうではなく、透は最初から「旅に出る」ことが多少なりともPを困らせることになることを理解していて罪悪感さえ覚えており、不意に現れたPの必死な様子に、何でもないよと冗談っぽく返すことでその場を取り繕おうとしたと考えるべきである。あえて軽薄な言い方を選んで「分かっていない」ふりをするのは、分かり合っているはずなのに「分からない」という態度を取り続けるPへの意趣返しであり、Pの元から失踪したのも分かり合えないことへのもどかしさや不満がベースにある。透らしいPへのユニークな「試し行動」だとも考えられるし、本当に一度Pから離れて気分転換するつもりだったと考えてもいい。少なくとも透がPと自分との間にあるギャップを認識してそれを埋めようと彼女なりに配慮していたことは確かで、結局透は素直に謝罪しPとの関係回復を図る道をとる。

 

 選択肢「教えてほしいんだ……」はPの捨て身の覚悟を感じる択だ。「今度こそ、ちゃんと――嫌なら、もうこの世界に縛られなくていい」はシーズン2コミュ「ダメだった」選択肢の内容の再確認である。セピア色のカットインから透の「……――知ってるじゃん」により透の分かり合っているという思い込みが過去の記憶に由来するものだったことがはっきりする。相手を無条件に信じられる気がしていた、しかしそれは自分の過度な思い込みに過ぎなかったと認めざるを得なくなる「そんなこと、ないよね……ごめん」はセリフとしては切なげだが、「私、今度はちゃんとわかったから そんなに悩まないでよ」とPを気遣ってさえみせる口調はむしろ明るい。期待通りの反応ではなかったにせよ、Pが自分を心配して駆けつけてくれたことには応えるべきだと考えているのかもしれない。

 

 選択肢「空回りしてるよな」は透ではなく責任は自分にあるということにする択だ。透も自分に非があることを認める。透の「なんか、ちょっと思い込んでた 気持ちが通じてるって……」はP目線だと全く真逆の感想を持っているはずなので笑ってしまうが(筆者)、「――プロデューサーは……私のこと、知らない?」は過去のことを尋ねる質問である。透がPのことを過去に出会った人物だと思っていて、かつその人物であれば以心伝心で分かり合えるはずだという歪んだ認識を持っていたことがここで確定する。ここでも透には過去出会ったことがあるかどうかをPに直接聞く選択肢もあったにも関わらず、言い淀んだままに会話は終わる。

 

 選択肢「わからないんだよ……」ではPはやや感情的な態度を見せる。さすがの透もたじろぐ。ここで「ジャングルジムの夢」の中で向こう側をのぼる「誰か」とはPのことだと透が考えていたことが確定する。終わり際の透の「――あの人かもって勝手に思い込んじゃってた……」は明らかに他のルートと比べてもネガティブな展開である。二人のディスコミュニケーションだけが問題なのではなく、もっと遡って透がPのスカウトを受けた時の動機が曖昧になれば、アイドルでなければならない理由を持たない透にはPと一緒にいる理由もなくなってしまう。

 

 一連の透の発言からすると「ジャングルジムの夢」に一緒にのぼる「誰か」が登場する展開は前からあったものだろう。そして、透は単に過去出会った人物との再会を望んでいたのではでなく、ジャングルジムの登攀のような同じ目的を共有できて、言葉を尽くさずとも以心伝心で互いに理解し合える、そんな理想の人物の出現をこそ彼女は待っていたということが明らかになってくる。透がはっきりとした物言いを用いず基本的に舌足らずだったり、意図的にに互いを分かろうとするためのコミュニケーションに反発したりすることも、彼女が多くを語らない関係を理想としているからだと説明できる。

 

 そしてシーズン3終了時コミュの分岐はかなり重要だ。これまで通過か敗退かという知らせに対して淡白な反応を続けてきた透が、初めてはっきりと嬉しい/残念がる様子を見せるのがここである。勝利時は自分が喜んでいることをPが言わずとも感じ取ってくれたことで透が笑顔を見せるという内容であり、一度は挫折しかけた相互理解が得られつつあることを示している。敗退時には透が「通過したらさ、何が……あるのかなって」と呟く。つまり、透はこのアイドルとしての活動(WING)に何らかの意味を見出そうとしていたことがわかる。しかし「――……なんだろう わかってたつもりだったんだけど……」と言うように、それは曖昧になってしまったのだ。シーズン3コミュでは透とPとの関係には何らかの亀裂が生じており、一見アイドルへのモチベーションも低下しそうに見える。この間に何があったのかを考えたい。

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 ここでジャングルジムのカットインが現れることに着目したい。透がWINGに見出しつつあった意味とは、この場合「のぼる」ことなのだと考えるとしっくりくる。檻のごときジャングルジムをのぼることは苦痛で退屈な終わりの見えない人生そのものである。しかし、のぼりきった先にこの檻から解放される瞬間があるのだとすれば、のぼってみたい。だが透にはのぼり方ものぼるべき方向も分からない。OPコミュで部活のことをPに聞かれたときの冷たい反応は透のそうしたコンプレックスの現れだ。だからこそのぼるために導いてくれる「誰か」の存在を透は強く欲しているのである。「誰か」への思いが強いあまり、Pをその人だと決めつけたうえに言葉抜きで分かり合えるはずだとさえ思い込んだ。シーズン1・2の頃はPとの関係はいわば当然のもので、殊更にその意味や目的を考える必要もなかった。だからPを困らせたくない気持ちはあっても、透自身にとってWINGは通過しても敗退してもさほど変わりないものだった。しかしシーズン3コミュでは知らず知らずのうちに前提にしてしまっていたP=求めていた「誰か」という図式に確信がもてなくなってしまう。透の失望は大きく、この時点でPとの関係を絶っていてもおかしくない。ここで透の中でPとの関係は確実に書き換わったはずだ。Pとの関係を切りアイドルを辞めてしまってもいいかもしれないが、それでは朧げな最終目標である「のぼる」ための道筋もリセットされてしまう。だから一旦Pの提供するアイドルの道を「のぼる」ことだと自分の中で再定義して、必ずしも以心伝心というわけにはいかないかもしれないと割り切ったうえでPとの関係を続ける選択をしたのではないだろうか。だからようやくアイドルが透自身の目的ともリンクしはじめたことで、WINGの勝敗もかつてなく重要な問題になってくる。敗退時コミュの透はアイドルではのぼれないと冷たい現実を突きつけられるからこそ指針を見失ってしまうし、勝利時コミュでは透の割り切りがかえってPとの相互理解に良い影響を及ぼしているように思える。

 

 

シーズン4「ちゃんとやるから」

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 日誌でのやり取りはまだ続いていて、Pは透の相変わらず短い文章への返事を書こうとする。この日透はオフなので今日中に返事を書く必要はなかった。だがPは「こういうのは、気持ちだ……!」とあえて今返事を書くことにする。すると一度事務所を出て戻ったところで思いがけず透と遭遇する。Pが仕事上の義務的なスケジュールから逸れた行動をすることで透がやってくる。透のほうも予定通りではなく休みのはずが何故か事務所にやってくる。ここでの二人はOPコミュと同様に社会の役割関係から切り離されている。ゆえにPは「ビシッと」せずに「ボロッと」している。透が事務所に来たのはPが渡したアイドル世界のDVDを観た感想を伝えるためだった。それだけなら休みの日に来るまでもないはずで、コメントはいつも通り簡素なものだったが、透は知りたいというPの願いに愚直に応えようとしている。Pにとってはそれが可笑しくもあり、思いがけず嬉しくもある。透はそんなPに照れた様子を見せる。「私が無口みたいじゃん」「違うとは言いにくいけどな」のようなやりとりを見てもシーズン3の諍いを克服したようだ。透とPの両者が本当の意味で互いに相手を理解しようとすることではじめてこうした展開になり、そのためには透の過度な期待と先入観や、Pのプロデューサーという仕事上の役割や既存のアイドル世界の文脈を取り払い、自然体で向き合うことが必要だったということが示唆されている。

 

 打ち解けた雰囲気のままPのジャングルジムの思い出に話は飛ぶ。Pは一緒にジャングルジムへ登った「男の子」が夢の話をしていたことまで覚えていた。「だから……一緒にてっぺんに座った時、ただのジャングルジムなのに、すごく嬉しくて ああ、のぼるっていいことなんだなぁって思ったんだ なんか、最近そのことを思い出してな」透という人物の基底をなす「ジャングルジムの夢」の人生観をPも共有していることが明らかになり、人生は退屈だが、「のぼる」ことで「てっぺん」を目指すことには価値があるとPは語る。

 

 選択肢「長いなら嬉しいこと増やそう」は痛みを覚悟してでも「のぼる」ことで「てっぺん」にある喜びをつかみ取ったほうが良いというロジックで、透も素直に納得できるものだったようだ。「――……ずっとさ、一緒にのぼってくれてたんだよね」はPを夢の中でジャングルジムを一緒にのぼる「誰か」の役に見立てることをもはやためらわないということで、「のぼる」ことがはっきりと共通の目的になったことで決意を新たにする。非言語的に分かり合うことにこだわってきた透だったが、それよりもはっきり確信が持てる関係のほうが強固で、目的を分かち合う喜びも大きくなると理解したのだろう。

 

 選択肢「のぼっていくの、いいことだからさ」はマジでそのまんまで浅倉透語録っぽい。「てっぺん……近づいてるみたいな感じがするんだ」はホームボイスにもなっているセリフで、透が最終的に求めているのは「のぼる」ことで「てっぺん」に近づくことなのだとはっきりわかる。「だからかな、最近思ってたよりは、人生短いのかもって感じる」というのは目標を見定められていなかった透がPの導きによって目指すべき「てっぺん」を明確に感じていて、「のぼる」プロセスさえ充実したものになりつつあるということだろう。「日記に書けること、増やしてくから」というコメントがここで出るということは、今まで透の日誌が短文で終わっていたのはアイドルとしての活動にPに詳細を書いて伝えるほどの意味を見出していなかったせいだったとわかる。

 

 選択肢「透にも、その嬉しさ感じてほしいんだ」では目的を共有することの「嬉しさ」が強調されている。「私、今嬉しい 伝わってる? プロデューサー――!」は特に二人の心が重なった喜びが表れていてヤバいセリフなので必聴である。 

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 透にとっては一旦疑いが生じかけた過去出会った人物=P説が逆に確信に変わるような衝撃の展開である。ただし日誌に言及もしていることから、先入観に基づいてコミュニケーションを怠るような同じ轍は踏まないと決意しているようである。そしてここは何よりPの変化が大きい。これまでのように「大人」「プロデューサー」といったある種の役割から物を言うのではなく、ほぼ完全に対等な一個人として自然に透に向き合っているように思える。シーズン3コミュの選択肢付近で自分の想定以上に透に弱みを見せすぎ、開き直るしかなかったというのはあるかもしれない。Pは透の過去については一切知らないのでジャングルジムの話を出したのはほんの偶然に過ぎないのだが、この話がなくても十分心を通わすことができたのではないかと思うほどにPの態度は透に馴染んだものになっている。

 

 シーズン4終了時コミュでは勝利時だと妙に勝った実感が持てない透とPの通じ合った様子が描かれる。透の「もっともっと、たくさんのぼるんでしょ?」からも二人は明らかにWINGに関しては結果よりも「のぼる」プロセスに重点を置いていて、WING優勝でさえ「てっぺん」とは呼ばないかもしれないことを考えると自然なリアクションだといえる。敗退時の「けっこうショックかも ちゃんとのぼるとさ、けっこう堪えるんだね」は透の本気度が伝わる重い一言になっている。

 

準決勝+決勝

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 準決勝開始前には「これ、あのゴミ箱に入ったら勝つ――」と言ってゴミ箱めがけて物を投げるも、外してしまう。「えっ……ま、負ける……のか?」と一瞬弱気になるPに対して「入るまでやる で、勝つから」とまるで動じない透の姿には妙な頼もしさが宿っている。宣言通りに勝利した後には「勝つっていったでしょ」と何食わぬ風で微笑む。

 

 決勝開始前のコミュではPの語彙がほとんど透と変わらないものになっている。そして透自身が自覚していなかった透の緊張をPが見抜いて指摘するほどに、透とPとのシンクロの度合いが高まっていることを表す内容だ。そしてついにWING優勝を果たす透。それでもすぐに感情を爆発させないのが浅倉透だ。オーディション勝利後コミュ②でもみられた妙なノリの「イエーイ」でPとハイタッチはするも、取り乱しはしない。「うちに帰って……寝る頃にはさ わかってると思う 私にとって、きっとすごく大事な日だったって――」は筆者がWING編で一番好きなセリフである。いかにも嬉しがるべきタイミングで嬉しがるのではなく、「いい」「嬉しい」それらは自分ひとりきりになって様々なことを総合して、はじめてはっきりと実感できるものだという透らしいコメントに思える。

 

 敗退時コミュでは「ダメ」ではないという点で透とPの認識が一致している。むしろここまでのプロセスを肯定的に評価している。その後のコミュでPは「悔しい」と率直な感想を口にする。しかし透は「悔しいって、嬉しいこと?」とその悔しささえ肯定的に捉えているようだ。「でも、のぼってて増えるのは、嬉しいことなんでしょ」結果はどうあれ、透にとってはようやく「のぼる」ことができたこと自体に充足感があって、負けた悔しさも本気でのぼらなければ得られなかったと言いたいのだろう。

 

エンディング「人生、長いから」

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 WING優勝を果たした直後、透は事務所を抜け出してジャングルジムの思い出のある公園で佇み、過去のことを振り返っている。一人称が「僕」の「少女」と「学生」のバス停でのやり取り。バスに乗り遅れた「学生」に対して、「少女」がバスは当面来ないので歩いたほうが早いと告げる、明らかにOPコミュに被せた展開だ。ただしPとは違って「学生」は「ここ気持ちいいし……時間あるから」と急ぐ様子も困った素振りも見せない。「少女」もそれに倣ってゆっくり待つことにする。時間通りに、休まずに、社会の常識に従って……そうした一般に共有された概念とは一線を画す透の生き方の原点がここにあるとも解釈できる描写だ。

 

 「少女」がジャングルジムの方を眺めているのを見て、「学生」は行ってきたらと提案する。しかし尻込みする「少女」。ジャングルジムのカットインによって「ジャングルジムの夢」のようなマイナスイメージを「少女」が抱いていたことが示唆されている。それを見た学生が放った言葉が「あーっ、いいのかなぁ?きっと行きたくなるよ――」「俺が、行くからさ!」だった。恐らくこの一言のおかげで「少女」は怖がっていたジャングルジムへ登ることを決心し、ついに「学生」と一緒に頂上の景色を見る。「俺が、行くからさ!」はもちろん透がPのスカウトを受けるに至った決定的な言葉だったわけだが、その背景が明かされている。

 

 Pも透を追って夜の公園にたどり着く。ここで透は、ついにPと思しき人物と出会った過去のことを語る。「ええっ! なんだそれ……いつ?」と驚くP。今になって急にそれを明かしたことには透にも照れがあるようで「ちゃんと伝えようと思って 自分のこと……」「プロデューサーがしつこいから」と言い訳をしている。

 

 「学生」=Pという前提で話を進めるとして、ここで過去の回想と現在を比べて変わらないものと変わったものに着目したい。まずジャングルジムについて。透は「のぼろうよ ジャングルジム」というが、実際に現在もジャングルジムがあるという描写はない。ジャングルジムといえば近年危険遊具とみなされ撤去される傾向にあり*1思い出のジャングルジムはもはや存在しない可能性を考えるべきだろう。回想において「学生」はジャングルジムにのぼった後で「来たくなったら、おいでよ」と語りかけるが、もはや少女の透が「のぼった」証たるジャングルジムは、すでに失われていたのかもしれない。そしてOPコミュと回想のバス停でのやり取りについて。回想の「少女」=透は怖がりながらもジャングルジムという目標を見定めていたわけだが、OPコミュの透はPと並んでバスを待つ間、恐らく何もしていない。ジャングルジムが失われたこと、Pから部活=一般的な高校生が打ち込むものの話を出された時に示した苛立ち。この時の透は人生の目的を見失っていて、どこにのぼればいいかが分からない。だから一度克服したはずの「ジャングルジムの夢」が再び脅威として立ちふさがっている。何より、現在の透は17歳だ。やや想像を働かせると、進路の問題や、部活や勉強に打ち込む同級生、そうしたものが常に透の身近にあるはずだ。もはや幼いころジャングルジムをのぼった成功体験などがもはや何の意味をなさないことを透は十分に知っていて、何もない自分にコンプレックスを持っていても不思議ではない。それでも心のどこかでは、何も考えなくてよかった当時のことを懐かしんでいる。初期の透がスカウト直後にも関わらずPに対して異様な馴染み方をしているのは、思いがけずあの頃から失ったものを取り戻せるのではないかという期待感が暴走したものとも考えられる。だが一方で、そうして意味をなさない過去に縋ろうとする自分を、恥ずかしいものとして戒める気持ちもあったのではないか。だから、Pに自分の過去を話せそうな機会は何度かあったにも関わらずスルーしてきたし、このコミュでようやくそれを明かす段になっても照れた態度を見せる。

 

 ではPの方はどうか。回想の中の「学生」には悠然とバスを待つ余裕があった。しかし勤め人となったPには時間通り、予定通り、社会に迷惑をかけないように立ち回る制約が課されている。それは「学生」のころ持っていた精神を受け継いでいるかのような透の生き様との対比の中で描かれる。シーズン4コミュであったように、透と分かり合うためには大人・社会人としての役割や立場を捨て去って、自然体で向き合うことが必要だった。つまりPにとっても、過去を取り戻すことが目的へとたどり着くための道筋だったのである。

 

 これらを踏まえて、「最初に出会った時のことは……プロデューサーに思い出してほしいんだ」とはどういうことか。回想の中で透を導いたのはPであった。そしてWING優勝まで透を導いたのもPである。しかし、「少女」と現在の透の声が重なって「ねぇ、のぼろうよ――」というように、今度は透がPを過去へと導くときが来たということだろう。今度は逆にPが「待って――」と透を追いかける立場に回る。アイドルとして新たにのぼった証を打ち立てたこの日に、透は社会や常識との間でさまよえる自分と決別し、ジャングルジムをのぼった頃のルーツとしての自分をようやく肯定する。注意しておきたいのは、このシナリオでは過去を取り戻すことは必ずしも後ろ向きなネガティブな意味をもつのではなくて、むしろ「のぼる」ための理解につながるとして肯定されている点である。そして、ジャングルジムのように変わったもの、もはや戻ってこないもののを見送りながら、過去のリプレイではなく二人の新たな関係を築いてゆくということでもあるだろう。

 

 二人の関係は単にプロデューサーとアイドルが出会ったというだけにとどまらず、特に透にとっては運命の相手ともいうべき人生観に深い影響を与えた人物との再会が叶うという、ご都合主義的で現実味の薄い話であるといえば確かにそうなのだが、逆に考えるとこうした突飛な結びつきがない状態で、この浅倉透という人物をスカウトできたかといえば否だろう。読者たる我々はそんなifの話だと捉えるべきかもしれない。常識に縛られず、「成長」して「何者か」になるというある種の観念にも馴染まず、何かその先のビジョンが見えているわけでもないが、ただ純粋なまま、既に手元にあるもの(例えば過去)を肯定するためにもがくこと。WINGシナリオの指針たる「のぼる」ことをあえて説明するとこんな感じになるだろうが、果たしてこれがどれほど多くの人の共感を惹起する物語なのかは、筆者には正直わからない。けれども、どこか甘美でノスタルジックな、特別な印象を残すシナリオだったといえるだろう。 

 

 人生に「確か」なものはない。今やっていることの価値も将来の進路の選択も、相手の心の内もそうだ。そんな不確かさのなかで日々葛藤している。相手を理解することは難しく、過度な先入観が妨げになったり、常識や立場が本質を見抜く眼を曇らせる。しかし唯一手にした過去は変えることができず、確実である。「成長」による自己変革で自分の可能性を広げることもできるかもしれないが、過去を振り返り、そこに「ある」ものとしての自分を認めること、すなわち「脱成長」のような考え方がベースにあり、それが筆者がこのシナリオに惹かれる理由かもしれない。

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 最後に、透の「私も、ちゃんと気持ちを伝えるの――時間かかりそうだから」に触れておこう。透の伝えたい気持ちとは何か。普通に考えればプロデュースしてくれたことへの「感謝」、これが真っ先に挙がるだろう。EDコミュでPに感謝を伝えるのはシャニマスでは定番と言ってもいい。しかし、透とPとの関係は実に特殊だ。すぐには伝えられない理由を透の自己表現力の拙さに求めてもいいかもしれないが、それ以上に気持ちを伝えるのに相応しい言葉が見つからない、というのはあると思う。唯一無二の関係だからこそ、ありきたりな言葉でこの感情を閉じ込めるべきではない、そんな思いなのではないかと筆者は解釈している*2

*1:リアル世界の話である。例えば→https://news.livedoor.com/article/detail/9226884/  ジャングルジムという小道具の選択自体、Pくらいの年齢層にノスタルジーを感じさせる意図を感じる

*2:天塵コミュのラストに引っ張られている自覚はある